日本における耐震構造
耐震構造は大きく「剛構造」と「柔構造」に大別されます。「剛構造」は建物の柱や梁、壁、床などの構成部材を強化することにより建物全体を強固なものにし、地震に耐え得る構造をいいます。他方、「柔構造」とは建物の構成部材の接合にある程度のゆとりを持たせるなどして自身のエネルギーを吸収し揺れを減少させる構造をいいます。免振や制振はこの柔構造の考え方を活かした地震対策になります。
古代の日本では法隆寺や五重塔などの伝統木造建築において柔構造が随所に見られましたが、1923年の関東大震災以降の近代では剛構造が次第に主流となっていきました。中でも1935年に建てられた東京大学工学部1号館は剛構造の代表的な建築物とされています。しかし戦後になり地震への研究が進むと柔構造が見直されていき、1968年には柔構造を活かして日本初の超高層ビルである霞が関ビルディング(地上34階建て、高さ147m)が竣工しました。その後現在に至るまで特に都心部の土地の高度利用の要請も高まり、柔構造の高層建築物がいたるところで見られるようになりました。